ナツメブログ

健康と趣味の話を書いていくブログ

2019年4月9日
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「小さな幸せ」満開~目も心も潤すブロッコリーの花

「きれいな花ですね!こんなきれいな花、初めて見ました。なんという花ですか?」

30年以上も前の家庭訪問の日。懇談が終わったとたんにテーブルの上の花の名前を聞かれて、私はびっくりしました。見ると先生の目は淡い小さな黄色の花に釘付けになっていました。よほど感動されたのでしょうね。

30代半ばの男の先生でしたが「ブロッコリーの花です」と答えると、とても驚いておられました。今でもそうですが、ブロッコリーのイメージは野菜。実はブロッコリーの頭は花の蕾なのですが、ブロッコリーを口にしながら黄色い花を連想する人はまずいないだろうと思います。

 

 

ごくまれに、冷蔵庫に置き忘れたブロッコリーが黄色い花を咲かせているのを見てびっくりした!と話された方がおられましたが、こんなことは本当に珍しいことです。

というわけで、ブロッコリーの花を見たことがないというのがフツーの人。私はたまたま取り残したブロッコリーがかわいい花を咲かせているのを見て感動。それ以後は側枝を摘んで摘んで、それでも残った2Cm位の小さなものを咲かせています。

同じアブラナ科の花なのに、ブロッコリーの花は菜の花のような鮮やかな黄色ではありません。ブロッコリーの淡い黄色の花はガラス細工のようで、ぼんやり眺めているととても心が安らぎます。

菜の花を太陽とするなら、ブロッコリーの花は月にたとえることができるかと思いますね。優しい色、優しい形をしています。

当時の私はブロッコリーの花言葉が「小さな幸せ」であることを知らなかったのですが、なぜかとても好きでした。黄色の花は目も心も潤してくれるそうですから、時には「小さな幸せ」の花束を眺めてリフレッシュするのもいいかも知れませんね。

 

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ところで、目も心も潤してくれるブロッコリーの花。実は蕾を食べてもまた、目に優しいのだそうですよ。今は老眼で眼鏡が必要になった私、先日「視力ケアセンター」のホームページを見ていて、ちょっと嬉しくなりました。ブロッコリーは眼精疲労や白内障、ドライアイ対策にもいいそうです。

◎目の粘膜や網膜を正常な状態に維持したり涙の量を一定に保つ働きがある。

◎パソコンやスマートフォンの画面から発せられる明るい光=ブルーライトから目の網膜を守るルテインも含まれている。ルテインが不足すると視力低下や黄斑変性になりやすくなる。

◎パソコンやスマートフォンの画面を見つめる時間が長い人、手元の細かい文字を読んだり、手芸などで目を酷使する人はブロッコリーをしっかり食べて目の健康を守りましょう。

と書いてありました。大した努力もせず、野菜を食べるだけで目を保護する成分が補給されることを知って、ますますブロッコリーが好きになりました。

 

 

今はブロッコリーの苗も出回っています。畑が無くても大きめの鉢で育てることができますから、チャレンジしてみませんか?できれば家庭菜園向きの側枝がたくさんでる品種がオススメです。

私は昨年秋「ハイツsp」を定植しましたが、1月に400g位の頂蕾花をとって、まだ側枝の収穫を楽しんでいます。70本くらいの側枝がでています。

道の駅では側枝の小さな蕾だけを袋いっぱい入れて100円で売っているところがありますが、茎の部分までつけて売っているところはないようですね。

ところがこの側枝。実は蕾部分より茎のほうが美味しい!そして栄養も茎のほうがあると言われています。

そのままスティックで、皮が気になるようなら皮をむいて食べると、家庭菜園ならではの贅沢を楽しむことができます。

2019年3月31日
から admin
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骨まで愛して丸ごと愛して~健康寿命を延ばす

日本人の平均寿命はずいぶん延びました。男性81、09歳、女性は87、26歳で過去最高を更新しているそうです。世界ランキングは女性2位、男性は3位とのことです。

でも手放しで喜ぶことはできません。平均寿命と健康寿命の差は10年くらいと聞いています。10年も寝たきりや介護の必要な時が続くというのはやりきれませんよね。

なんとかみんなが願うピンピンコロリに近づけないものか・・・と考えていたら、子供の頃ご近所に住んでおられたおじいちゃんのことを思い出しました。

当時90歳くらいだったそのおじいちゃんは、とても元気な方でした。20歳の時に一度風邪を引いたのが最初で最後の病気体験だったそうです。後はずっと元気で農業を続けたという健康長寿の見本のような方でした。

そこまで健康を保つことは無理としても、一病息災でなんとか人生を楽しむ方法はないものか?と思いを巡らせていた時、Hさんの顔が浮かびました。

 

彼女の普段の言動には、学ぶべきところがたくさんあるのですね。まず「食」に対する考え方。これは“骨ごと丸ごとぜーんぶ食べる”です。

先日も我が家の菜園に来て、葉がわずかに残った「カラシナ・コーラルリーフフェザー」を見つけた彼女。「あんたもマメにかき取っているね。私もいつもそうしているよ。葉っぱがなくなったら蕾を食べる。そして最後は茎も皮をむいて生のまま丸かじり!」とニッコリ。

 

 

その言葉どおり、彼女の庭には野菜の植え込まれたプランターがところ狭しと並べられているのですが、青梗菜、タァサイ、ブロッコリーなど、すべての野菜の葉っぱや蕾は次々と摘み取られています。

極めつけはトマトですね。トマトの葉っぱの天ぷらが美味しいと教えてあげたのは6年ぐらい前だったでしょうか?以来トマトの葉の天ぷらは彼女のお気に入り。たとえ実がなくなっても、大好きな天ぷら用に1本は残しています。

このように野菜、果物は全て皮ごと丸ごと食べる。たぶん捨てるのは固い茎と根っこだけでしょうね。モロヘイヤやしそをあげても2、3Cmの小さな葉っぱもきれいに摘んで、いろいろな方法で保存しているとのことでした。その処理は実に見事と言うしかありません。

また魚ももちろん骨ごと腹ごと頭ごと、命丸ごとが彼女の信条です。

 

 

そういえばこんなことを言っていましたね。彼女の友人が「アジやイワシの頭まで、よくそんなにボリボリ噛めるわね!私には無理だわ・・・」と笑っていたそうなのですが、この方が転倒、骨折して入院。検査をして貰ったら、骨密度が低いと言われて、カルシウムの錠剤を飲んでいるらしい」と。

「だから言ったじゃないの・・・」と言ったところでしょうかね。でも私も同様です。めざしやシシャモは丸ごといただきますが、エビや大きめの魚はちょっと・・・。尻込みしてしまいます。けれども“食材丸ごと”のこの考え方は、とても参考になります。

 

日本人に不足しがちな栄養素はカルシウムだそうです。カルシウムと聞くと、私たちはすぐに骨や歯を思い浮かべますが、カルシウム不足は体にさまざまな悪影響を与えるそうですね。骨粗しょう症、成長不良、高血圧や動脈硬化まで影響を及ぼすと知って、驚きました。

 

現在80歳の彼女。毎週バレーボール・卓球の練習。毎日のウォーキングは7000歩くらい。片足立ちも2分間はOKです。そして年に5、6回は2泊から3泊の旅行を楽しむという充実した生活をしています。

生まれつきの体質もあるかと思いますが、“骨ごと丸ごとぜーんぶ”の生き方の成果ではないかと思いますね。彼女のたくましい生き方に学んでいる私です。


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2019年3月14日
から admin
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70万回のありがとう~平凡に過ごせる毎日に感謝

平凡な幸せを願う人は多いけれど、人生山あり谷あり。それを手にすることや継続することは、とても難しいように思います。

今年元日に『100万回のありがとう』をスタートさせた私、3月11日に『70万回(年齢×1万回)のありがとう』を達成しました。

私に『100万回のありがとう』を唱えることを決意させて下さったのは小林正観さんです。正観さんは『ありがとう』をたくさん唱えると奇跡が起きると教えて下さいました。

 

※(年齢×1万回)では第一段階の奇跡

※望んでいたことが実現する

 

 

そして、毎日1万回の『ありがとう』を唱えながら、私が心の底から願っていたこと・・・それは1日も早く心身ともに健康になる!ということでした。

私のブログは昨年3月6日以降、3ヶ月間ほど中断しています。当時の私は「もしかして自分はアルツハイマーでは?」と不安に怯える毎日を過ごしていました。

病院で検査をしていただいたら、冷えによる睡眠負債が原因で、脳には異常は認められないとのことでひと安心。あれこれ励ましのお言葉をかけていただいて、できるところから一歩ずつ・・・と歩を進めたのですが、回復するのはなかなか・・・でしたね。

その時の気持ちは6月21日投稿の「時間よ止まれ!潜在意識が私に答えを引き寄せてくれるその日まで・・・」に書いていますが、一度壊れかけたものを元に戻すというのは、大変な努力と気力、そして時間が必要になるようです。

朝目覚めて夜眠る。自分の仕事をして、おしゃべりして、笑って・・・。そんな平凡な毎日が当たり前のように過ぎていたはずなのに、歯車はすっかり狂ってしまいました。

霧の中、手探りで迷路を進むような思いで毎日が過ぎていたあの頃。いくら「大丈夫!」と自分に言い聞かせても、どこかでチラチラしていた一抹の不安。

台所に立って「今日のメニューはな~に?」「作り方はちゃんと覚えてる?」と自問自答しながら一つひとつチェックして行動していました。(今では笑い話ですが・・・)

焦らず、諦めず、ウォーキングや運動・脳トレ・音読などを続けながら、「アァ、今日はうまくいったね!」「最近は忘れ物も無くなったよ!」と手応えを感じていた時に『100万回のありがとう』を知りました。

今にして思えば、『100万回のありがとう』は私の一生懸命の姿を見て下さっていた天からの贈り物だったのかも知れません。「さあ、答えはあげたよ。どうするかはお前次第。自分の好きな道を選びなさい」ということだったのではないでしょうか。

無心になって『ありがとう』を口にしていると、嫌な思いはどこかに行ってしまいます。そして時間はアッという間に過ぎてしまいます。ストレスを感じることはほとんどありませんね。

 

 

そして、たとえ困難なことがあったとしても、今日より明日・・・と行動することで、自分の心や体が軽くなっていくのを実感できた日々は希望の持てるものでした。

今は生活の流れは少しゆるやかになりましたが、野菜や花の世話をしながら料理を楽しんでいます。安心して平凡な暮らしを噛み締める毎日です。自分の頭で考え動くことができるというのは本当に幸せですね。

先日山歩きをしていたらツクシとタンポポを見つけました。子供達が小さかった頃に土手のツクシを摘んだこと。上海から来ていた孫と、タンポポの綿毛の飛ばしっこをしたことなどを懐かしく思い出しながら、春の訪れを楽しみました。

『ありがとうは魔法の言葉』と言われますが、本当にそのようですね。口にしているだけで心が落ち着き、何かいいことが起きそうな、そんな予感・・・。

さて、次にはどんなプレゼントが届くのでしょうね。これからも1日1万回の『ありがとう』を継続していこうと思っています。