ナツメブログ

田舎暮らしをより楽しむ主婦のブログ

心に残る言葉(その1)性格明るくなったが授業中私語多し

人が変身する時には何かが起こります。

今の私しか知らない人は誰も信じてくれませんが、子供の頃は貝のようにかたく口を閉ざしていました。利発だった兄と陽気な弟の間に長女として生まれた私。母にとっては泣きたいような、大変なお荷物だったのでは・・・と、当時のことを思い出します。

そんな私が1年かかってやっと「ハイ」と返事ができるようになったのは小学3年生の時。でも、まだまだおとなしい子のままでした。言いたいことも言えない子でした。

私が二十歳くらいの時、縁起物を売る人が実家に来たそうです。そしてサービスとして私のことを占ってくださったらしいのですね。「この人は賑やかなことが好きな人ですね」と。

母と兄は???だったらしいのですが、実は大当たりだったと私は思っています。

そのお祭り大好き人間の芽がでたと思われるのは、小学5年生の時です。あることがきっかけで、先生への反発から私はおしゃべりになっなったのです。

先生は26歳位だったでしょうか。独身で、私の家の近くに間借りしておられました。そしてよほど退屈だったのか、土曜日の夜に近所の子ども達を集めてそろばんを教えて下さっていました。(今なら問題視される行為かも知れません。古きよき時代だったのかも知れません)

とても優しい先生でした。でも一つ、私には不満がありました。それは先生がいつも私を「○○ちゃん」とあだ名で呼んでいたことです。

あとの子ども達は「○○さん」「○○君」と呼んでいるのに・・・どうして私だけ「○○ちゃん」なのですか?みんなと同じにして下さい!と言いたかったのですが、とてもそれを言う勇気はありませんでしたね。

そして、木枯らしのふく寒い季節になったある日のこと、先生が言われたのです。「みんなは返事が悪いから、今日から返事をしない者は、バツとしてグランドを2周させることにする!」と。

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ちょうどその日の朝、私は家を出る時にある決心をしていました。「今日こそは返事をしないことにする。あだ名で呼んでも私が返事をするから、先生はこれでいいと思っているのだ。返事をしなければ、きっと私の気持ちをわかって下さる」と。

先生と私の決意が、こんなにバッチリぶつかるなんて・・・これは神さまのイタズラだったのでしょうか?それとも私が殻を破るために荒療治して下さったのでしょうか?

先生がその事を伝えた直後に指名されたのは、よりによって私でした。

寒い中、グランドを2周しながら私はこんなことをつぶやき続けていましたね。

「なんと言われても私は今日は返事をしないと決めたのだもの。先生が悪いのよ、だって私は○○ちゃんじゃないんだから・・・」と。怒りとも失望とも言えないものが渦巻いていたように思います。

その後のことは記憶は定かではありません。ただ、返事をしなかったのはそのとき一回きりでした。

いつも元気に「ハイ」と返事をしていた模範生のような私が返事をしなかったことは、先生にとってもショックだったのかもしれません。その後グランド2周のバツはなくなりました。2周したのは結局私だけ。私のために作られたようなものでしたね。

その時の反発がどこかで出たのでしょうか?二学期の通知表にはこう書かれていました。

『性格明るくなったが授業中私語多し』

忘れられない言葉、そして忘れられない思い出です。あの時のグランド2周のバツのおかげで、私は自分の意見をハッキリと言うことのできる人間になることができたのですから・・・。先生は大切な恩人です。

 

 

 

 


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