ナツメブログ

田舎暮らしをより楽しむ主婦のブログ

人事を尽くして70年~君に会えてよかった!

季節に四季があるように、人生にもいろいろ波があるようですね。

若い頃、九星気学をされていた方から「あなたは六白金星の晩年運である」と教えていただいたことがあります。まあ、「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざがあるくらいだから、それもまたいいだろうと思いました。

若い時なら心も体もしなやか、たいていのことには耐えられる。けれども年をとってからの苦労は嫌だなあ・・・とあの人この人を思い浮かべながら思ったのですね。

 

けれども、お話しを聞いているうちに、私の考え方は甘かったことに気づきました。晩年運というのは、年をとったから幸せになれるというような単純なものではなかった、定期貯金の満期のようなものではなかったのです。

若い頃は波乱万丈の人生。数え年43歳になって初めて運が開きはじめ、晩年になるほど幸運を手にすることができるとのことでした。

ただし、この波乱万丈の時に、果敢に挑んで一つひとつ越えていたならば、ということが必須条件とのことでした。キビシいですよね。何十年も辛抱我慢の子を続けることって・・・。

 

 

でもこれって楽勝!と思ったことも確かです。取り立てて能力と呼べるものはないけれど、目をキラキラさせながら、黙々と続けることは私のたった一つの取り柄でしたから。小学2年生の時の通知表にこんなことが書かれていました。

「係の仕事がよくできました」

「妹さんの子守がよくできていますね」

勉強も運動もダメ!おまけに「ハイ」という返事さえできなかった私への、優しさあふれる先生の一言でした。

 

いじめられたり、無視されたり・・・といった経験はほとんどありません。まあ70年も生きていると、3人くらいは強烈な人がいましたけどね(笑)。その悪意を上回る周りの方々の優しさが、いつも私を助け、希望を与えて下さったと感謝しています。

 

私のブログは2016年12月17日開始。『私に「命」と「冷えとり」という二つのテーマをプレゼント』が初めての投稿でした。

霜を見ることもない土地に、何十年ぶりに積もったという大雪。そんな中、凍傷にかかって仮死状態で生まれてきたという私。当時の生活状況からして、100%死んでいてもおかしくなかったはずなのに、奇跡的に助かった!

それは「死なないで!生きて!」との母の思いと、産婆さんの献身的なマッサージのおかげだったのだろうと感謝していました。

けれども、このような生死を分ける状況で決定するのは誰か?というテレビ番組を見ていた時に、「それは赤ん坊本人です!」という答えに耳を疑いましたね。

産婆さんや母のおかげで命拾い・・・と思っていたのに。私自身が生きることを強く望んだということになってしまいますから・・・。そのとき以来「Sちゃん、あんたは何がしたくて生きることを選んだの?」と時折自問自答するようになりました。そして、ソロリソロリと足を踏み出したのでした。

 

長男がタブレットを勧めてくれたのは、ちょうどそんな時でした。ボケ防止対策として、和の恰好のオモチャでしたね。

その後、「恩送り」を目指してボツボツやっていることを話していたら、「マンツーマンでは多くの人に伝えられない。ブログだと多くの人に、しかも早く伝えられる」とブログを書くことを勧めてくれました。

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生まれ落ちた瞬間から助けられ、命をいただいた私ですが、それ以後もずっと助けられっぱなし。「ハイ」という返事さえできなかった子が返事ができるようになり、手を上げて発表する事もできるようになったのです!

今では、そんな子供時代があったことを話しても、誰も信じてくれません。「あなたのような口八丁手八丁の人が!?まさか嘘でしょう!」と笑われるだけです。

でもこれは私と出会った人たちの磨き方がじょうずだったのだろうと思いますね。私はただぼんやりと立っていただけでしたから・・・。わずかな行為に向けられた「ありがとう」と優しい笑顔が私を育んで下さったのではないかと思います。感謝です!

ところで昨年古希を迎えた私。70歳は一つの大きな転機と以前から考えていたのですが、体感的にも何かが変わり始めたような気がします。

本当のところは、蓑虫のように風に揺れながら呑気に暮らしたかったのですが、なかなか思い通りにはなりません。

「いつもライオンに追っかけられているような人生だったわ。進むしかないからいつも一生懸命!人事を尽くして天命を待つってことわざがあるけど、私本当に人事を尽くしたもの・・・。あとはご褒美を待つだけね。」と友人と笑ったことでした。

でも、本当のことを言えば、ご褒美はすでに背負いきれないほどいただいているのです。何度も何度も命を助けていただきました。これ以上ご褒美を下さいと両手を広げたらバチが当たりますよね。

 

 

70年、人事を尽くした今一番思うこと。それは「君に会えてよかった!」の一言に尽きます!きっとこれが天からの答えなのでしょう。

 

2017年8月25日「妻が家出を考える時、道をわけたのは一呼吸の差だった」というブログを投稿しました。家出をしたSさんが交通事故にあって肝臓ガンにかかっていることが判明。その後、家出をしなければ知らないままですんだであろう「感謝」という言葉を知ったお話しです。

私が電話をした時彼女の声を聞くことはできませんでした。その時鳴り続けていた曲は「君に会えてよかった」でした。電話に出る体力も気力もなかったのだろうと思います。

 

時々その時ことを思い出します。私への天命とは「君に会えてよかった!」と言って貰える人になりなさいということではないかと思います。

立派な人になる必要はないのでしょう。大輪の花が好きな人もいれば野原に咲くタンポポに元気をもらう人もいますからね。

お会いしたことはありませんが「君に会えてよかった!」の思いを込めて、これからもブログを書いていきます。お付き合い下さる皆様に感謝いたします。

 


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