ナツメブログ

田舎暮らしをより楽しむ主婦のブログ

2020年5月3日
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バルーン鯉のぼり到着!お花が笑った!私も笑った!

「ピンポーン」

チャイムが鳴ったので「来た!」と大急ぎで玄関に行くと、大きなダンボール箱を抱えた宅急便のお兄さんが立っていました。

「大きな箱ですね~、でも軽い・・・」と言われたので「風船ですから・・・」と答えると「本当だ、風船って書いてある。どうりで軽いはずですよね!」と笑っておられました。

そうなのです。中は妹がこの日に合わせて作ってくれたバルーン鯉のぼりが入っていたのです。「大きな箱で送ったからたぶん大丈夫と思うけど・・・」とのメールを貰っていたので、気をつけながら箱を開けました。

 

中に入っていたのは高さ77Cmのバルーン鯉のぼりと素敵なスマイルのお花。この力作を仕事の合間に作るのも大変だった思うけど、風船が割れないように・・・と細心の注意を払っての荷物作りも大変だったろうと、感謝しました。

バルーンアートの歴史は定かではないそうですが、30年ほど前にアメリカのホームパーティで装飾用に使われたのが始まりとのことです

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でも風船を組み合わせてこんなに素晴らしいアートを考える人の頭って、いったいどんな構造なんだろう?といつも感心します。私なぞは、練習用にとダイソーで買ったポンプ付きのセットが未だそのままです・・・。

 

端午の節句(5月最初の5の日を表すそうです。)はもともとは男の子の健やかな成長、立身出世を願って始まったそうですが、今は「こどもの日」と言ったほうが馴染みがあるかと思いますね。

この「こどもの日」が制定されたのは、1948年のことだそうです。私の生まれる1年前のことになります。この70年も続いている「こどもの日」ですが、今年は『コロナウイルス感染拡大』の影響を受けて、各地でのイベントが中止されている所が多いようですね。

ダムや河川での「鯉のぼり架け渡し」なども、楽しみにしておられた方が多いかと思いますが、本当に残念ですね!

 

 

外出は控えるように!とのことで、高齢者の中には『コロナ鬱』になっている方も多々おられると聞きます。

小さな画像ですがこのバルーン鯉のぼりと笑っているお花を見て、皆さんと一緒に、ホッと一息つけたら幸せです。

2020年4月19日
から admin
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気がついて!ポッコリお腹は体からのSOS

「後ろ姿若いよ~!」

一生懸命大股歩きをしていたら、後ろから元気な声が聞こえて、Mさんが自転車で追い越して行きました。Mさん85歳、とてもお元気な方です。

「ありがとう!」と笑顔で返したいところですが、この時の私はちょっと複雑な思いでした。いくら後ろ姿若くても、実は前(お腹)に大きな問題を抱えていたのです。それが「ポッコリお腹」

 

皆さんは「ポッコリお腹」って聞いたことがありますか?そしてそれが体調不良に大きく関わっていることをご存知でしょうか?

「ポッコリお腹」は内蔵脂肪や皮下脂肪のつきすぎた結果だと考えていた私。ビール腹も三段腹も無縁だった私は、まさか自分が「ポッコリお腹」で悩むことになるとは考えたこともありませんでした・・・。

 

 

1月半ば、体調不良を訴えて整体に駆け込んだ私を迎えた先生。顔を見るなり「そこに立ってみてください」と言われました。右から左からチェック。「骨盤が開いていますね」と告げられた時の驚きは、もうドッキリカメラ!でしたね。

骨盤が開くってどういうこと?それでどんな症状が出るの?治療法はあるの?と『???』が頭の中を駆け巡りました。

 

私のように痩せてほっそりした女性には、胃下垂が多いということを、若い時に聞いたことがあります。胃が下がると、腸を押しつぶすことになるため、次のような症状がでるそうです。

◎自律神経のリズムが狂う

◎下痢、便秘を繰り返す

◎体全体にエネルギーがなくなる

で、骨盤が開いた状態が続くと、胃だけでなく全ての内臓が下がるので、より思わしくない症状が出るとのことでした。

 

日常生活のクセや生活習慣で骨盤が歪むこともあるのですよ!と先生は教えて下さいました。

◎いつも同じ肩にバックをかけていないか?

◎椅子に座った時に足を組んでいないか?

これら2つの質問のあと、「大丈夫!生活習慣で治すことができますよ!」と励まして下さいました。

 

一つ目は大股で歩くこと。早く歩くことは足が疲れるだけなので意味がないそうです。ゆっくりと大股歩きをすることで改善されるとのことでした。

二つ目は、お尻の筋肉が減ると内臓下垂がおこるので、お尻の筋肉を鍛えること!とそのやり方を教えて下さいました。それは〈尿漏れ予防体操〉でした。

 

 

〈尿漏れ予防体操のやり方〉

1)仰向けに寝て、足を肩幅に開く

2)両足を軽く立て腰を持ち上げる。この時に肛門をキュッと締める

3)腰をおろす

※1~3を繰り返す

 

生活習慣で改善する事ができるというのは朗報ですが、この二つの運動を行う時には、とても大切な心構えがあるとのことでしたので、書き添えておきますね。

それは「今、自分は何の為にこの運動をしているのか?」ということを常に頭に置いて実践することだそうです。脳は司令塔ですからね。なるほど!と合点しました。

以来私は「これを続けることで必ず良くなる!」そう信じて、希望を持って続けています。しなければならないことも、したいことも山ほどありますからね。(笑)


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2020年3月27日
から admin
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人事を尽くして70年~君に会えてよかった!

季節に四季があるように、人生にもいろいろ波があるようですね。

若い頃、九星気学をされていた方から「あなたは六白金星の晩年運である」と教えていただいたことがあります。まあ、「若い時の苦労は買ってでもせよ」ということわざがあるくらいだから、それもまたいいだろうと思いました。

若い時なら心も体もしなやか、たいていのことには耐えられる。けれども年をとってからの苦労は嫌だなあ・・・とあの人この人を思い浮かべながら思ったのですね。

 

けれども、お話しを聞いているうちに、私の考え方は甘かったことに気づきました。晩年運というのは、年をとったから幸せになれるというような単純なものではなかった、定期貯金の満期のようなものではなかったのです。

若い頃は波乱万丈の人生。数え年43歳になって初めて運が開きはじめ、晩年になるほど幸運を手にすることができるとのことでした。

ただし、この波乱万丈の時に、果敢に挑んで一つひとつ越えていたならば、ということが必須条件とのことでした。キビシいですよね。何十年も辛抱我慢の子を続けることって・・・。

 

 

でもこれって楽勝!と思ったことも確かです。取り立てて能力と呼べるものはないけれど、目をキラキラさせながら、黙々と続けることは私のたった一つの取り柄でしたから。小学2年生の時の通知表にこんなことが書かれていました。

「係の仕事がよくできました」

「妹さんの子守がよくできていますね」

勉強も運動もダメ!おまけに「ハイ」という返事さえできなかった私への、優しさあふれる先生の一言でした。

 

いじめられたり、無視されたり・・・といった経験はほとんどありません。まあ70年も生きていると、3人くらいは強烈な人がいましたけどね(笑)。その悪意を上回る周りの方々の優しさが、いつも私を助け、希望を与えて下さったと感謝しています。

 

私のブログは2016年12月17日開始。『私に「命」と「冷えとり」という二つのテーマをプレゼント』が初めての投稿でした。

霜を見ることもない土地に、何十年ぶりに積もったという大雪。そんな中、凍傷にかかって仮死状態で生まれてきたという私。当時の生活状況からして、100%死んでいてもおかしくなかったはずなのに、奇跡的に助かった!

それは「死なないで!生きて!」との母の思いと、産婆さんの献身的なマッサージのおかげだったのだろうと感謝していました。

けれども、このような生死を分ける状況で決定するのは誰か?というテレビ番組を見ていた時に、「それは赤ん坊本人です!」という答えに耳を疑いましたね。

産婆さんや母のおかげで命拾い・・・と思っていたのに。私自身が生きることを強く望んだということになってしまいますから・・・。そのとき以来「Sちゃん、あんたは何がしたくて生きることを選んだの?」と時折自問自答するようになりました。そして、ソロリソロリと足を踏み出したのでした。

 

長男がタブレットを勧めてくれたのは、ちょうどそんな時でした。ボケ防止対策として、和の恰好のオモチャでしたね。

その後、「恩送り」を目指してボツボツやっていることを話していたら、「マンツーマンでは多くの人に伝えられない。ブログだと多くの人に、しかも早く伝えられる」とブログを書くことを勧めてくれました。

 

 

生まれ落ちた瞬間から助けられ、命をいただいた私ですが、それ以後もずっと助けられっぱなし。「ハイ」という返事さえできなかった子が返事ができるようになり、手を上げて発表する事もできるようになったのです!

今では、そんな子供時代があったことを話しても、誰も信じてくれません。「あなたのような口八丁手八丁の人が!?まさか嘘でしょう!」と笑われるだけです。

でもこれは私と出会った人たちの磨き方がじょうずだったのだろうと思いますね。私はただぼんやりと立っていただけでしたから・・・。わずかな行為に向けられた「ありがとう」と優しい笑顔が私を育んで下さったのではないかと思います。感謝です!

ところで昨年古希を迎えた私。70歳は一つの大きな転機と以前から考えていたのですが、体感的にも何かが変わり始めたような気がします。

本当のところは、蓑虫のように風に揺れながら呑気に暮らしたかったのですが、なかなか思い通りにはなりません。

「いつもライオンに追っかけられているような人生だったわ。進むしかないからいつも一生懸命!人事を尽くして天命を待つってことわざがあるけど、私本当に人事を尽くしたもの・・・。あとはご褒美を待つだけね。」と友人と笑ったことでした。

でも、本当のことを言えば、ご褒美はすでに背負いきれないほどいただいているのです。何度も何度も命を助けていただきました。これ以上ご褒美を下さいと両手を広げたらバチが当たりますよね。

 

 

70年、人事を尽くした今一番思うこと。それは「君に会えてよかった!」の一言に尽きます!きっとこれが天からの答えなのでしょう。

 

2017年8月25日「妻が家出を考える時、道をわけたのは一呼吸の差だった」というブログを投稿しました。家出をしたSさんが交通事故にあって肝臓ガンにかかっていることが判明。その後、家出をしなければ知らないままですんだであろう「感謝」という言葉を知ったお話しです。

私が電話をした時彼女の声を聞くことはできませんでした。その時鳴り続けていた曲は「君に会えてよかった」でした。電話に出る体力も気力もなかったのだろうと思います。

 

時々その時ことを思い出します。私への天命とは「君に会えてよかった!」と言って貰える人になりなさいということではないかと思います。

立派な人になる必要はないのでしょう。大輪の花が好きな人もいれば野原に咲くタンポポに元気をもらう人もいますからね。

お会いしたことはありませんが「君に会えてよかった!」の思いを込めて、これからもブログを書いていきます。お付き合い下さる皆様に感謝いたします。